青年モラトリアムの読書譚

人生のモラトリアム真っ只中の青年が、読んだり、考えたりするブログです。

読書感想|伊藤昌哉『自民党戦国史(上)(下)』ちくま文庫

 

自民党戦国史〈上〉 (ちくま文庫)

自民党戦国史〈上〉 (ちくま文庫)

 

 

 

自民党戦国史〈下〉 (ちくま文庫)

自民党戦国史〈下〉 (ちくま文庫)

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

日本の戦後政治を語る上で、派閥の存在を無視することはできない。総理総裁の椅子をめぐり合従連衡を繰り返すことによって、戦後の保守政治は形作られてきたともいえる。佐藤政権末期から田中、三木、福田、大平、鈴木、中曾根へと、次第に田中派支配が強まるなかで、権謀術数を尽くし政権獲得への執念を燃やす派閥の領袖たちの心理ドラマを描き出す、迫真のドキュメント。

 

 ロッキード事件を知っているだろうか。ぼくは高校三年生の時に立花隆の本を読んで知った。読んでなければ知らなかったかもしれない。

 この戦後最大の汚職事件は、ぼくの生まれるより随分と前の話である。日本史の授業で習った記憶はない。ゆとり教育の犠牲者であるぼくらは日本史や世界史を近現代まで教わっていない。責任転嫁するつもりはないが、ぼくらの世代には色々と知識に欠損がある。悪いことに、どこに欠損があるか、ぼくら自身には自覚がない。

 だからだろうか。ぼくと同世代人である20代前半の知人友人に件の質問(ロッキード事件を知っているか?)を投げかけると80%は知らないと言う。そのうち50%は興味津々とまではいかないが話に耳を傾け、残りの30%は歴史講釈を聞く気はないぞ。という顔で脊椎反射的に拒否感を示す。補足しておくが皆大卒である。

 ムリもないと思う。今の世の中、政治はエンターテイメントでありぼくらはみんな娯楽で忙しい。政治は数ある娯楽の一つに過ぎない。善き消費者、善き生産者として振る舞え、というのは社会が要求するところでもある。政治が娯楽化され、逆に娯楽が政治化されるなどというのは日常茶飯事である。ここでアドルノなら文化産業批判をぶつのかもしれないが、ぼくはそこまでラディカルでも潔癖でもない。別にそのことを批判するつもりもない。生き方はいろいろあっていい。人生いろいろ。会社もいろいろ。社員もいろいろ、というわけだ。―大卒のくせに難しい話には洞ヶ峠を決め込むという連中を情けない奴らだとは思うけど。

 政治や時事問題に関心を持つ必然性が今の若者にはない。金儲けにもならない。出世にもつながらない。政治や時事問題はファッションと同じである。知ってれば賢く見えるし知っていなければ馬鹿っぽい。けどそれはそれでかっこいい。そう思っている。だからロッキード事件田中角栄も知っている意味がない。役に立たない。それが今の若者の認識である。彼らの考えには一理ある。と言っておかなくちゃならないような雰囲気がある。

 ところがどうも政治に関心のないのは若者だけなのかもしれない。20代若者の一般的な認識とは裏腹に、最近大型書店でこの時代の政治家をテーマとする書籍を目にする。田中角栄は分かるが中公新書大平正芳には驚いたものだ。けれど何と言っても一番目を引くのはやっぱり角栄。なにせ書店に平積みされている。嫌でも目に付く。さっそく『田中角栄』(中公新書)を読んでみたが、かなり面白い。平成生まれのぼくは、これほど政治が元気な時代があったのかとまずは驚く。

 

田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

 

 

 田中角栄といえば戦後を代表する政治家の一人である。「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた。一方でその金脈政治を巡る批判は常に付きまとった。私淑する立花隆は若かりし頃『文藝春秋』に「田中角栄研究」を発表。これが引き金となり内閣総理大臣であった田中は首相を辞任。内閣退陣に追い込んだ。暫くしてロッキード事件で刑事被告人となるも自民党最大派閥の領袖として時の政権を動かす「闇将軍」として権勢を誇ることとなる。ちょっと今では考えられない時代である。

 本書『自民党戦国史』の中でも田中角栄はかなりキャラが立っている。ものすごい存在感である。「三角大福中」の中でも「角」はちょっと別格である。「福」田赳夫も「大」平正芳も凄いと思うけど。

 本書は『田中角栄』(中公新書)とは違って、大平サイドから見た「三角大福中」の自民党戦国史という感じである。なにせ本書の著者は、池田勇人首相の秘書、それから大平正芳首席秘書官として活躍した西日本新聞社の伊藤昌哉氏である。非常にジャーナリスティックで緻密な文章である。見習いたい文章だ。おそらく彼の個性も相俟って独特の世界観に読者は引き込まれること掛け合いである。

 ぼくは大平正芳という首相を今までパッとしないと思っていた。どうも「福」と「角」に挟まれて存在感がなくって可哀想だなあ、と思っていたのだが、本書を通して印象が変わった。

 まず大平はよく悩む。自分に自信が持てなくなって逡巡する様子が描かれている。クリスチャンだから神様にお伺いも立てる。その様子が悩める大平像をよりいっそう色濃くする。ぼくの最も印象に残った箇所の一つが、日清紡績桜田武が宮澤喜一を引き合いに大平を評する場面である。

 

桜田は快く会ってくれた。故人となった高橋亀吉を追悼しつつ『日本経済がどうなっているのか私には見えるのだ、と高橋亀さんはよくそういってたよ』と思いを述べる。私は今日までの大福連携の経緯を述べた。

 『大平は徳でゆけ、人物でゆくのだ。池田(勇人)がそうであった。才能など大したことじゃない、宮沢(喜一)と才能などではり合うな、大平が小さくなる』

(中略)桜田はこう語った。」(上巻:p.327)中略はブログ管理人。

 

 なるほど。桜田の助言は大平を大いに励ましたことだろう。なんだかぼく自身も励まされている気持ちだ。才能ではり合うな。徳で勝れ。こういう励まし方をできる人は素敵ではないか。

 英語はネイティブ級で政界きっての経済通でもある宮澤喜一はいわば田中とは違った意味での天才であったろう。角栄にしろ宮沢にしろ天才は他人の心の内に羨望を惹起する。羨望はしばしば嫉妬を伴う。大平はきっと角栄や宮沢を羨望していたのではないか。そこには嫉妬もあったろう。ぼくはそう見ている。大平もまた思考の影響圏に引きこまれていたのではないか。桜田は大平の気持ちを察していた。そのうえでの発言だったのだろう。

 しかし角栄が刑事被告人になってから状況が変わる。大平は最初こそ角栄に依存しているのだが、ロッキード事件以降角栄離れを著しくする。この辺もぼくが大平の気持ちに妙に共感してしまう所以である。大平の平凡さとそれを乗り越えようという試行錯誤する野心が心地よい。彼の葛藤が人間的でよい。伊藤もそう思っていたから大平について行ったのではないだろうか、と想像を逞しくする。

 どうも角栄は超人的過ぎる。凄いとは思うが感情移入には向かない。金と女の力を過信しているタイプなどそもそもぼくの好みではない。かといってクリーン三木と呼ばれ国民的人気を得る「三」木武夫は余りにピュアすぎる。白河の清きに魚も住みかねて、というやつだ。

 そういう意味では『自民党戦国史』上巻下巻を通して最も感情移入したのは大平正芳であった。こういう小説的な読み方の余地もあるので二巻本であるが飽きることなく通読に堪える。

 本書は戦後政治史を総括する優れた一面も有する。例えば現在の自民党の派閥(例えばときどき新聞で目にする宏池会って何?等々)を知るうえではこの時代の派閥の系譜を知っていなければまず理解不能であろう。全てはここから始まっていると言っても過言ではない。

 若者は政治をファッションだと思っている。アクセサリーとおんなじ。ぼくはそういう現状はどうかと思っている。こういう考えははやらないとは思うけど。でもやっぱり大卒であるにもかかわらず、難しい(と彼らが勝手に思い込んでいる)話を聞く努力も知る努力もせず生理的に嫌悪する現状は目も当てられないほど情けないと思っている。いや、軽蔑のまなざしを向けたいとすら内心は思っている。

 しかし一方で、ぼくらは政治が元気を失っている時代に生まれたということは知っておく必要があるのだろう。本書を読んで強く感じたことの一つである。「三角大福中」の時代は学生運動華やかなりし頃の余波がまだあった。じっさい福田赳夫内閣では学生運動の残滓ともいえる日本赤軍が海外でテロを起こしている。そんな時代であった。

 人は誰しも思考において時代的な制約を伴っているのである。その桎梏に気づかないままでいる愚行権は認められてもよい。皆が皆、政治や歴史を一生懸命学べとは言わない。じっさい金儲けにも出世にもつながらないのだから何のインセンティブもない事をやれとは言えまい。そんな哲人国家みたいなものは逆に気持ち悪い。けれど、世の中、日本人として恥ずかしくない程度には知っておかなくてはいけないことがあるとは思う。大卒なのだから。ましてや外国の人と交流があるならば尚更、自国史について知ってなくちゃならないのではないか。こういう話をファッションレヴェルで理解してよいのか。

 結論。同世代の若者よ、ロッキード事件ぐらいは知っていた方がいいよ。

読書感想|井上浩一『生き残った帝国ビザンティン』講談社学術文庫

 

生き残った帝国ビザンティン (講談社学術文庫 1866)

生き残った帝国ビザンティン (講談社学術文庫 1866)

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

栄華の都コンスタンティノープル、イコンに彩られた聖ソフィア教会…。興亡を繰り返すヨーロッパとアジアの境界、「文明の十字路」にあって、帝国はなぜ一千年以上も存続しえたのか。キリスト教と「偉大なローマ」の理念を守る一方、皇帝・貴族・知識人は変化にどう対応したか。ローマ皇帝の改宗から帝都陥落まで、「奇跡の一千年」を活写する。

 

 ぼくの北京滞在中の二年目のルームメイトはトルコ人修士生であった。同い齢で専攻も同じ法学だったので、共通の話題にも事欠かなかった。気の置けない友人である。彼はしばしばトルコやパキスタンの友人を部屋に招いてはあれこれ議論を繰り広げていた。語学がいまいちのぼくも、迷惑とは思いながらも時々彼らの話に参加した。知的好奇心は容易には抑えられない。コーヒーを片手に何時間でも議論に耽る彼らの行動規範や生活様式の中に、ぼくは自身と近しいものを感じ親近感を覚えた。彼もまたぼくのことをそういうふうに了解していたのだと思う。そういうわけでぼくらは存外に馬が合った。彼はインテリで英語や中国語などの外国語も堪能であったが、歴史にも造詣が深かった。ぼくたちが初めて出逢った時もエルトゥールル号事件の話で盛り上がったものである。

 どういう脈絡だったかは忘れてしまったが、その日も何かの拍子にトルコの歴史が話題になった。具体的にはオスマン帝国のメフメト二世の話である。ぼくも塩野七海の『コンスタンティノープルの陥落』(新潮文庫)とか、あの時代の歴史物は日本で読み耽っていたので、あの時代の雰囲気はなんとなく知っている。彼の話を愉しく聞いていた。そのとき、ふとビザンツ帝国の名前が頭に浮かんだ。周知の通り、ビザンツ帝国ギリシャ正教を国家宗教として奉じるローマ帝国の東の後裔国家である。勢力圏こそオスマン帝国と被るが、その政治構造や支配民族などの性質や理念は大きく異なることは言を俟たない。彼らがビザンツ帝国をどう受けとめているのか。そこがふと気になったのである。

 

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)

 

 

 正直に白状すると、ぼくはそのとき彼が何と返答したのか覚えていない。というのも、質問に対する答えよりも彼の話した冗談の方がいっそう気に入ったからだと思う。

 ぼくは彼に中国語で“土耳其人对Byzantine帝国有啥看法呢?你们从那个帝国继承了啥遗产呢?トルコ人ビザンツ帝国をどう思っているのか?あの帝国からどういう遺産を受け継いだのか?)”と問うた。ぼくはそのときビザンツ帝国を中国語で何というか知らないので、その部分は英単語であるByzantineで誤魔化した。彼はひとしきり何か答えた後で、思いだしたように、そういえば中国の友人にも同じ質問をされたことがあると言った。けれどそのとき中国の友人は当然母語である中国語の“拜占庭”という単語を使ったのであるが、ルームメイトの彼は最初何を聞かれているのかさっぱり意味不明だったと冗談っぽく語った。いくら中国語に堪能とはいえ固有名詞はなかなか難しい。中国語の“拜占庭”は音読すると英語の“Byzantine(bízntìːn)”とはちょっと違う感じの音になる。「拜占庭って何だよ。Byzantineはどこに行った」とルームメイトがおどけながら言った。中国語の妙を感じてぼくらは笑い合った。

 その一件で「ビザンツ」という名を口にして以来、ぼくの頭の中でビザンツ帝国が妙に気になっていたのである。ビザンツ帝国のあれこれに関する疑問符が脳内で増殖する中で、帰国後、今回ようやくビザンツ帝国に関する本を読了するに至った。

 本書は教科書的な記述を排しているので、小説でも読んでいるかのような気軽さでテンポよく読める。物語としても面白い。歴代のビザンツ皇帝の個性の豊かさも面白い。賢君あり暴君ありなのは、本家本元のローマ帝国の皇帝たちと変わらず、宮中内の権力闘争はもはやお家芸であるとさえ思わされる。

 しかし、賢君あり暴君ありとは単純に整理できないのが歴史の面白いところ。ある人物が賢君か暴君かという人物評は難しいというのが世の常である。例えば、帝国の全盛期を築いた皇帝バシレイオス二世と、帝国末期の文人皇帝マヌエル二世をどう評価するのか。これは好例であろう。

 

「国家の盛衰や経済の繁栄と文化の発展とは必ずしも一致しないということであろうか。学問・学者をバカにし、戦争に明け暮れて大帝国を作り上げたバシレイオス二世と、滅亡寸前の帝国を切り盛りしながら、みずからも文人として活動したマヌエル二世とは、実に対照的な皇帝であった」(p.257)

 

 この一文は、ある人物評の容易ならざる一面を示している。バシレイオス二世とは、ユスティニアヌス帝など比べると、あまり聞き慣れない名前だと思われるが、ビザンツ帝国史では極めて重要な人物である。

 

「歴代皇帝のなかでもっとも長くその地位にあったのがバシレイオス二世である。(中略)彼は他人の忠告を聞かず、何もかも自分で決めた、それも書かれた法に従ってではなく、自分で思い付くままに決めた、と記している。ビザンティン専制君主を代表する皇帝である。

 (中略)彼はまた文化や学問にも興味がなかった。多くの皇帝が文人としても名を残しているのに、彼は自分自身学問に関心がないだけでなく、およそ学者をバカにしていた。

 強大な帝国を作ること、彼の関心はすべてそこにあった。先立つ二代の軍人皇帝の事業を受け継ぎ、発展させることが彼の目標であった。彼は見事にそれをやり遂げた」(pp.178-179)*中略はブログ管理人

 

 彼の治世はビザンツ帝国史が誇る繁栄の時代であった。帝国の版図も広大である。しかし、一方で非情な残酷さでも知られ、その蛮行から「ブルガリア人殺し」という二つ名を与えられている。

 

「バシレイオスに『ブルガリア人殺し』というあだ名がつけられたのは、この戦いの後始末をめぐってであった。皇帝は捕虜としたブルガリア兵を百人ずつのグループに分け、各グループのうち九十九人の両目をくりぬき、残りの一人だけは片目を残して道案内役をさせて、ブルガリア王のもとへ送り返したのである。ぞろぞろやってくる盲人の列をみて王は驚きのあまり倒れ、二日後に死んでしまったという。まもなくブルガリアは完全にビザンティン帝国に併合される」(pp.179-180)

 

 何とも身の毛もよだつ蛮行ではないか。この逸話は有名であるので、本書を読む前から知ってはいたが、何度聞いても胸くそ悪い話である。

 一方でマヌエル二世とは、ビザンツ帝国が死に体同然である末期のパラエオロゴス朝ビザンツ帝国の皇帝である。文人皇帝として名高い。彼の自身が一流の文人で、その統治下はパラエオロゴス朝ルネサンスと呼ばれるビザンティン文化の花が開いた時代でもあった。本書でも高い評価を得ている。

 

「マヌエル二世は末期のビザンティン帝国を象徴する皇帝であった。一族の権力争いに苦しみながらも、帝国を守るために、彼は一方においてトルコのスルタンに忠誠を誓い、他方では援助を求めて、イタリアからフランス、イングランドにまで旅をした。難破寸前の帝国の舵取りに生涯をささげた皇帝と言ってもよいだろう。ある歴史家は、『良き時代に生まれていたならば、さぞかし名君とうたわれたであろう』と、マヌエルを惜しんでいる」(pp.253-254)

 

 バシレイオス二世とマヌエル二世。どちらをより高く評価するか。ちょっと敷衍するならば、さしずめバシレイオス二世が「体育会出身のパワー系上司」で、マヌエル二世が「文化系出身のインテリ系上司」という感じなのだろうか。

 ぼくはブルガリア人のように目玉をくりぬかれるのは御免なので、マヌエル二世の統治を評価したい。とは言うものの、そう安直にバシレイオス二世の帝国統治をネガティブに評価するのは早計であるとも思える―。やはりパワー系上司の方が状況を打破するバイタリティには軍配が上がるであろう。ここは冷静に評価すべきだ。

 ぼくはこういう飛躍的な発想の転換も歴史の楽しみ方の一つであると思っている。歴史は繰り返す。というのはマルクスであるが、それが悲劇にせよ喜劇にせよ、事態は形を変えて繰り返すのであれば、歴史はそれを紐解いて現状を整理する有用性を湛えていると思うのだ。

 歴史というのは、現代の人にとって多くの示唆を含むものである。ドイツ帝国の名高い鉄血宰相ビスマルクの言だったと思うが、賢者は歴史に学び愚者は経験に頼るというのがある。歴史から何を汲み取れるのかというのが賢者の見識の源泉であることに疑いはないが、その源泉から何らかの知見を汲み取るためには、歴史を迂遠な他人事と考えるのではなく、如何に自身と直結する事柄と捉えられるかが鍵となる。要するに想像力が求められる。歴史に学ぶ賢者たり得るか否かは、個人の素質であると思うが、その素質とは即ち想像力の有無ではないか。そう思う。

 そうは言っても著者による既述の巧拙も大きくかかわるであろう。その点において、初学者をも魅せる本書は、一級のビザンツ帝国史入門であるとぼくは思う。

 

 そうそう。今併読している本のうち一冊は、英国の歴史家エドワード・ギボンのローマ帝国衰亡史であるが、本書の知見はギボンを読むうえでも活かされると思う。実際、本書の中でディオクレティアヌス帝に言及する際に、著者はギボンの歴史記述に触れている。ぼくがちょうど今併読している『ローマ帝国衰亡史〈2〉』(ちくま学術文庫)からの引用もみつけた。本書中において意外な脈絡でギボンと遭遇するに至り、改めて知識人共同体内の共通言語としての古典の偉大さを感じた次第である。

 

 

読書感想|池上彰『学び続ける力』講談社現代新書

 

学び続ける力 (講談社現代新書)

学び続ける力 (講談社現代新書)

 

 

内容紹介

池上さんの等身大の学びと生き方論

初めて語った、父の背中に学んだこと。記者時代、コツコツ独学したこと。そして、いま大学で一般教養を教える立場になって考えること。
いまの時代に自分らしく生きるための「学び」について考えるエッセイ。

 

 ぼくは池上彰さんが結構好きだ。ジェントルマン然とした柔らかい物腰にも好印象が持てる。なによりその巧みな話術である。テレビで拝見する池上さんは常に分かりやすい話をする。

 政治や宗教や歴史の話を分かりやすくするのは結構大変な作業である。分かりやすくすること自体は難しくない。最も難しいのは「正確さ」を維持したままで分かりやすく話すということなのである。分かりやすくしようと思うとどうしても事態の重大性を矮小化してしまいがちである。その点で、池上さんは「正確さ」と「分かりやすさ」の調停のさじ加減が絶妙なのだ。

 

「私の著書は、いろいろな世代向けがありますが、たとえば『そうだったのか!現代史』(集英社)のシリーズは、高校生の読者を念頭に書いています。今の高校生は東西冷戦も、ソビエト連邦も、ベルリンの壁も実感として分かりません。『高校生には何が分からないのか』と考えながら、そんな彼らに向けて、『実はこんなことがあったんだよ』と語りかけるつもりでいます。

 高校生でもわかるように書けば、それ以外の年代の人も読んでくれます。

 ただし、『高校生向けだからレベルを落とす』ということはありえません。高校生には相当の理解力があります。表現はやさしく、扱う内容は高度なものに。これがポイントです」(pp.140-141) 

 

 言うは易し行うは難し。しかし彼はこれを有言実行するのである。ほんとうに凄い。心から尊敬している。彼の年齢に達するまでにぼくは池上さんの水準に達せられるのだろうか。しかも彼は著書の端々から感じられるのだが、優しさ厳しさを併せ持つ人格者である。自身と彼との間に開いた距離を目の当たりにして絶望的な気分になる―。

 しかし絶望してばかりもいられない。池上さんのような「立派な社会人」になるためには何が必要なのか。なぜあんなにわかりやすい話にできるのか。そうした諸々の技術をなんとか盗みたくって池上さんの本をいろいろ読んでいる。本ブログでも言及した『書く力』(朝日新書をはじめ、『分かりやすく〈伝える〉技術』(講談社現代新書『相手に「伝わる」話し方』(講談社現代新書などと読み進めて本書に至った。本書で四冊目である。

 

わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書)

わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書)

 

 

 

相手に「伝わる」話し方 (講談社現代新書)

相手に「伝わる」話し方 (講談社現代新書)

 

 

  これらの本を読んでみて、朧気ながらも池上さんの分かりやすさの秘訣を垣間見た気がする。ずばり、徹底して相手の気持ちになって考えるということ。これが彼の秘訣ではないか。いろいろ読んでいてぼくはそういう結論にとりあえず達した。他者の視点に立脚して考える謙虚さがどうも池上さんの対人観の根底にあるのではないか。

 池上さんの言葉はどれも単純でいて含蓄深くもある。肩書を自身の力とはき違えている自慢好きな大人たちの言葉と違い、教養とそれに裏打ちされた経験に支えられた言葉だからこそ、説得力がある。

 

「NHK記者時代、取材で情報が取れても、これは、本当に自分の力で取れた情報なのか、それともNHKの信用で取れた情報ばかりでした。ごくたまに、『君だから話をしてあげる』と言われると、『これは自分の力だ』と喜んだものです。でも、そこまでの自信を得られたのは、はじめにNHKの記者として知りあってからです。これも自分の力ではありません。

 では、名刺の力がなくても通用する、本当の力をどうやったら身に付けられるのか。これを自問自答しながら仕事をするようになりました。

 (中略)名刺がなくても通用する人間になる。そのためには勉強です。」(pp.15-16)*中略はブログ管理人

 

 NHKなんていうと、世間的には就職先としてはエリートである。連中の中には、表向きの謙虚さとは裏腹に、偏差値や肩書で他人を格付けする傲岸不遜な連中も少なくないであろう。そういう俗物の中にあって、こういう謙虚な姿勢を貫く池上さんの人の良さは率直に見習いたいと思える。彼の下でその人柄に触れて学んでいる東工大の学生さんが羨ましい。

 それにしても、説教されるならば、池上さんのような高潔な人物からされたいものだ。例えば、結構耳の痛い話も彼の著書の中には多い。

 

SMAP中居正広さんも聴き上手です。

 中居くん(つい、君づけしてしまいます)は私が何か言うと、それについて自分の知識を総動員して、『つまりこういうことですか』と問いかけてきたり、私の話の展開に合わせようとしてくれます。そこがとても好感を与えます。知識を総動員して話を展開する、その性格の良さは素敵だと思いますし、こちらもついつい丁寧にしゃべってしまいます。

 気のきいたことを差し挟んだりとか、話をまとめたりとか、話を発展させようとして必死になるよりは、相手の話を面白がって聴くというのが、まずは一番大事です。

 中居くんのように、相手の話に『つまり、これはこういうことですよね』と返すのは、一歩間違えるとイヤミになりかねません。そう思わせないのは、彼のセンスと人柄だと思います。

 (中略)自分はまだ知らないということを知っている謙虚さは、その人の印象を大きく左右します。『おれは何でも知ってるんだ!』と胸を張っている人も時々いますが、そういう態度から受ける印象は良くないものです」(pp.117-118)*中略はブログ管理人

 

 本書の主題は学び続ける力。しかし中身は、どちらかというと池上さんの教養論という様相である。「教養人とは何か」は、ぼくの中心的な関心事の一つでもあるので愉しく読んでいたが、「どのように学び続けるのか」という疑問に対する池上流の応答を期待して本書を手に取った一読者としてはいささか肩透かしを食らった気分ではある。近日、社会人となるぼくにとっては、「どのように学び続けるのか」というのは死活的な問題である。

 だってそうだろう。日本では、教養人=胡散臭い、あるいは教養人=クイズ番組のインテリなんとか軍団ぐらいの考えが支配的なのだから。金儲けと出世の役に立たないことはクズ同然の扱いであるのだから―、というのは言い過ぎかもしれないが、少なくともそういう時代錯誤的な保守性を後生大事にしている社会なのである。そんな中でどうやって学び続けるのか。

 一方で、若者も若者で、おやじに気に入られようと必死である。かかる保守性を「良いか、悪いか」など気にせずに思考停止的に継承する。池上さんもかかる日本社会の特殊性を指摘されている。

 尚、池上さんは当時、警察の取材を担当する記者であった。いわゆるサツ回りというやつだ。

 

「ただ、たまに経済に関する本を読んでいるところを社会部のデスク(記者の世界の管理職を指す言葉)に見つかったことがあります。

 このデスクには、その後、『警視庁の記者がなんで寸分を惜しんで経済本を読んでいるんだろう、こいつおかしいと思ったぞ』と言われました。

 もしあなたが、社会人一年生だったり、これから社会人になるのであれば、この特殊な雰囲気のことは知っておいたほうがいいですね。日本の企業社会は、その企業への社員の忠誠を求めます。会社のために人生を賭けること、というタイプの社員が好まれます。会社が終われば同僚や先輩と飲みに行く。会社の上司の悪口や噂話で盛り上がり、連帯感を強める。こんな風習がまだ残っています。そんな中で、自分を高めるために勉強している社員は警戒されがちです。『いずれ会社を飛び出していくのではないか』と思われるからです」(p.22)

 

 『進撃の巨人』ではないが、「心臓を捧げよ!」というわけである。しかし捧げるべき心臓の名宛て人は「滅びゆく人類」なんて言う崇高なものではなく「唯名論的な実態である一組織」なのだが―。

 本書でぼくが最も知りたかったのは、そういう保守的な企業文化の中にあっても「なぜ学び続けること」ができたのか。そこんところを詳しく知りたくて本書を手にしたのだけれど、具体的な方法論が示されなかったのは少々残念である。

 但し、本書はそれを補って余りある「プロとしての教養論」が展開されており一読に値する。本書は、学ぶことを諦めたくない大人たちへの激励の言葉で満ちている。くだんの引用は以下のように続く。

 

「そんなふうに見られると、職場の中で浮いたり、居心地が悪くなったりしますから要注意。そういう企業風土でない会社を選んで就職するのも一つの手です。会社勤めも、あなたの人生の一部。人生のすべてではないのです。すべてを会社に捧げるのではなく、あなた自身を高め、成長させる時間を確保しましょう。

 幸いなことに私の場合、記者というのは基本的に一匹狼。みんなとつるんで何かをすることがあまりないので、こっそり勉強する時間を作れたという事情もありました」(pp.23-24)

読書感想|バーナード・クリック(添谷育志・金田耕一訳)『現代政治学入門』講談社学術文庫

 

現代政治学入門 (講談社学術文庫)

現代政治学入門 (講談社学術文庫)

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

政治学とは、社会において利害と価値をめぐって起きる紛争と、その紛争を調停する方法を探る学問である。それは現在の生活を改善するための、非常に有効な事柄を学ぶことにほかならない。政治は何をなしうるか。我々は政治に何をなしうるか。そして政治とは何か。現代人の基本教養・政治学の最良の入門書として英国で定評を得る一冊。

 

1.

 政治学と聞くと、忘れられない思い出がある。とある先生との出逢いである。学部一回生の秋学期であるから、ちょうど今ごろの時季であった。話は6年前にさかのぼる―。

 

2.

 当時、学部生であったぼくは「政治学入門B」という科目を履修していた。この講義は幾人かの先生が交代で講義を担当する、よくあるオムニバス形式の授業であった。必修科目ではないが、一回生配当の科目なので内容は平易。受講生の大半は一回生で、あとは単位に困る三、四回生という構成だった。

 その日は新しい講師に切り替わる節目の回だったのを覚えている。その日から三回は、政治哲学の教授が登壇することだけは知っていた。前回の講師が事前に告知していたからだ。前の数回の講師は日本政治思想史の教授だった。何とも気の抜けた調子で退屈な講義だったことは覚えている。彼自身の話よりも彼が講義中紹介した文献の方がはるかに面白く、印象にも残っている。これなら早朝に起床していそいそと講義に出るよりも、いっそ図書館に籠って文献を読んでいる方が全然有意義なのではないか。そんなことを思い始めていた。

 あの頃のぼくは、キャンパスに蔓延する学生の軽佻浮薄さも好きになれなかった。誰も彼もが大学は遊ぶ場所だと思っている。頭の良さとは即ち偏差値の高低に比例すると無邪気に信じている。だからこそ、ある者は受験勉強から解放されたことで浮かれ、ある者は国立大学不合格のコンプレックスを未だ引きずり卑屈に諦観している。勉強とは、いい学校に入り、いい会社に入るためにやるものだと信じて疑わない。悪いことに多くの教授がそういう学生の弱さと甘えを追認している。当時のぼくはそのことが内心我慢ならなかったのである。ある種の潔癖症に苛まれストレスが募っていた。

 端的に言って最高学府としての大学の実像に失望していたのである。佐藤優立花隆が感慨深げに語る学生時代の話で大学像を形成していたぼくにとっては、期待値が高かっただけに、失望の度合いは深刻であった。今思えば、ぼくの考えはいささか時代錯誤的であったとは思うが―。

 そういう経緯もあったので、その日もいつも通り、何の期待もなく「政治学入門B」の講義室に入り、最後尾の席に座った。しばらくしてから同じゼミの女の子がぼくの隣に座った。ありがたいことに彼女の手にはぼくの分のレジュメが握られている。謝意を伝えて笑顔で応じた。

 暫く彼女と話をして、ふと前方に目を向けると、いつの間にか教壇には既に教授とおぼしき初老の男性がおり何やら準備をしていた。ブルーのジャケットにジーパン。黄色いシャツを着ている。今日の先生なのだろう。

 9時になって一限目のベルが鳴る。暫くして先生とおぼしき男性が教壇にあがり慣れた手つきで素早くパワーポイントを起動させた。イントロダクションと書かれた映像が教室前方のスクリーンに映し出される。ぼんやりスクリーンを眺める。

 すると、初老の教授然とした彼は軽い足取りで教壇から飛び降り、教室に坐する学生たちを見据えながら唐突に切り出した。

 「民主主義って何だろうな?」開口一番で問う。「どう思う?」

 

3.

 講義室後方から、ぼくは先生の動きを目で追う。なかなか機敏な動きだ。

 その敏捷さに見とれている間にも教授は問う。「な?どう?」

 答えを待つ毅然とした態度が、その問いが講義前の単なる枕詞ではないことを物語る。講義室を覆っていた眠気が容赦なく薙ぎ払われた。教室では50人ぐらいの学生がまばらに座っていた。緊張感とない交ぜの沈黙が場を支配する。

 誰も彼もが先生と目を合わせないよう下を向く様子が、後方からはよく見える。ちょっと滑稽に思えた。

 先生は、そんな一群の学生の中から一人の女の子に同様の問いを繰り返した。マイクが彼女の前に差し向けられる。

 「どう?民主主義。どう思う?」

 暫しの沈黙。

 「分かりません」と女の子は答えた。消え入りそうな声であった。

 「分かろうぜ。大学生なんだからさ」と先生は間髪入れず応じてみせる。「分からないなら今考えようぜ」

 女の子は黙りこくる。きっと辛辣に聞こえたのだろう。

 先生は質問の矛先を別の学生にも向けた。逃げ場を失った学生たちは観念して、ポツリポツリと各々の考えを語り始めた。中には意味不明な回答もあったが、先生はどこまでも食いつてゆく。容赦はなかった。

 にわかに緊張を帯びた教室で、ぼくは身体が震えているのに気づいた。差し向けられるかもしれないマイクが怖かったのではない。嬉しさで震えていたのだ。武者震いである。

 「分からない」ことを「分からない」ままにして思考停止する学生の甘えを容赦なく一蹴する先生の言葉は、「分からない」ことを考え続ける姿勢を厳格に求めていた。学ぶことを全力で肯定する先生の言葉は、ぼくの鬱積した気分を払拭した。学生の軽薄さに一切媚びない先生の毅然とした言葉がぼくの脳裏で心地よく反響する。気分が高揚したのを覚えている。ただただ嬉しかった。

 

4.

 講義が終わった。90分の講義が一瞬に思えた。

 「なんか、めっちゃエラそうな人やったな」と、ぼくの隣に座るレジュメの女の子は毒づいた。ぼくは愛想笑いで応じたのだが、内心まったく正反対の感想を抱いていた。言葉こそ辛辣であれども、先生の言葉には学問への愛と学生への愛が感じられたからだ。

 それから暫くしてからだったと思う。ぼくは哲学という学問の神髄が「知を愛す(Philo-Sophia」というギリシャ語に由来することを先生から教わった。なるほど哲学とは知を愛する学問なのか。なんとなくカッコ良いと思った。

 他のいろいろの機会を通して先生の知遇を得てから、二度ほど先生のお宅にお邪魔したことがある。先生の周りには常に学生の姿があり、誰も彼もが容易に答えの出ない難問と対峙して、あくまで自分の頭を絞り考えることに喜びを見出している、そんな人たちであった。少なくともぼくの目にはそう見えた。やがてぼくは、そんな先輩や同級生たちと親交を結ぶことになる。そのあとは議論の日々であった。

 ぼくの学部時代の一切合切があの日から始まったといっても過言ではない。政治学と聞くと、ぼくは先生のことを思いだす。

 

5.

 今思い返せば、先生の執拗とも言える対話や討議の重視という教育スタイルは政治哲学という学問の固有性でもあったのかもしれない。先生は「民主主義とは何か」ということについて断定的に語ることはなかった。終局的な結論は語らなかった。代わりに、常に「民主主義とは何であり得るか」という問いを設定されていたように思う。

 学生の中には、先生のその姿勢に「答えをはぐらかしているだけ」と批判する者もいたが、ぼくはこの学生の不満は、なかなかおもしろい問題提起なのではないかと今でも思っている。これは皮肉ではない。

 本書の著者たるクリック教授が政治哲学について語る一文に触れて、一層そう思わされた。

 

「わたくしたちは、なにが『民主主義』の真の意味か語ることはできない。ただ、さまざまな文脈の中でひとびとが民主主義という用語によって意味してきたかを語ることができるだけなのだ。また、『自由』の真の意味とは何であるかを語ることもできない。しかし、その用語がいまどのように使われているか、かつてどのように使うことができたか、ある議論における特定の用法は別の概念を使用することと矛盾していないかどうか、そして特定の用法や定義を特定の状況、つまり道徳的あるいは政治的問題に適用する場合にはどのような帰結をもたらすか、などについては語ることができるのである。

多くの場合は、哲学の役割は、議論に決着を付けることよりも議論を明確にすることであるとみなされている。つまり政治哲学者は、ずさんな論証や、曖昧なあるいは自己撞着した定義を除去することはできるが、独りよがりのお説教をすることはできないのである」(p.120)*太字はブログ管理人

 

 クリック教授のこの指摘は正鵠を得ているように思う。件の学生の指摘はある意味で的を得ていたのである。また別の箇所で、クリック教授は政治学者のラスキを引用して語る。

 

「いまは亡きハロルド・ラスキのいうところによれば、学者の職業意識とは、学生に『自分自身で考えさせると同時に、ほかのいろいろな視点の真意を理解させる』ことである―もっともかれ自身、それはきわめて難しいことだと感じていたのだが。実際、本当のところはかれが、『他の特定の視点』とはいわなかったと、確実にいい切る自信がわたくしにはない。そうだとすると、ラスキの世界は非常に偏狭で切り詰められた世界だということになる」(p.115)

 

6.

 さて。本書の原題は“WHAT IS POLITICS?”。直訳すると「政治とは何か」あるいは「政治学とは何か」となる。英国の政治学の教科書としても有名なクリック教授による渾身の政治学入門書である。

 原著は英国の大学進学準備課程の学生や大学の初年次学生、各種の成人教育のコースで「政治学」を学ぼうとする者へのガイドブックという性格を持っている。なので、比較的平易な内容となっている。けれど、ぼくの読んだ印象としては、少々言い回しなどが固くって、全くの初学者には意味の捉えにくい箇所がある。もしかすると翻訳のせいかもしれない。いずれ原著にも挑戦してみたいと思う。英語に堪能な方はそちらも参照されるとよかろうと思う。こういうとき帰国子女の方々を羨ましく思う―。

 あと、本書が全くの初学者に向かないというもう一つの理由は、本書のスタイルが英国流であることによる。英国流の政治研究は米国流の政治分析とは多少様相を異にする。英国流の政治学は思想、歴史、制度などにも子細な目配りをする「自由学芸」的な雰囲気があるのだが、本書もプラトンはもちろん、マキャヴェリベンサムなどの思想家にもきっちり言及して論が展開される。統計学云々とかアメリカでしばしば議論される話があまり出てこない。そういう背景もあって、このあたりも人により好き嫌いがわかれるであろうと思う。ぼくは英国流の方が好き。

 ところどころで差し挟まれるウィットの利いた冗談もおもしろい。冗談を言ったかと思えば、ちょっと立ち止まらなければ理解が追い付いてこないような鋭い論理の切り返しがあったり、含蓄のある一文に出くわしたりする。ぼくが気にいったのは、例えば、以下の一文。

 

「政治を研究する者は、すべての目的は等しく善であるということを承認するよう人々に求めるべきではない。そんなことはばかげている。そうではなく、政治を研究する彼あるいは彼女が政治的に思考している場合は、議論は次のようなものでなければならない。すなわち、すべての道徳的目標は、たとえそれに心から賛成できない場合であっても、ともかくも頭では理解されなければならないし、その真意が把握され寛大に遇されなければならない」(p.69)*太字はブログ管理人

 

 百人いれば百通りの思想があり主張がある。それらは己の賛否に拘わらず、まずは適切に理解されなければならないのである。さもなくば、多様な人々との共存はあり得ない。かかる共存を目指すプロセスで、「議論に決着を付けることよりも議論を明確にする」姿勢は不可欠である。クリック教授の真意は「共存する社会」にあるのではないか。だからなのだろうか。本書でクリック教授は他のあらゆる思想に理解を示すが、無政府主義(アナーキズム)に対しては少々冷淡な態度をとる。無政府主義は無秩序を容認し、これら共存を可能とするルールの定立を拒絶するからである。

 クリック教授にとって、政治学というのは、多様な価値と利害の調停なのであるから、何かしらのルールの存在は肯定されなくてはならないのだろう。

 

政治学とは、社会全体に影響をあたえるような利害と価値をめぐって生じる紛争についての研究であり、また、どうすればこの紛争を調停することができるかについての研究である」(p.13)

 

7.

 さて、少々締まりが悪いことは自覚しているが、本ブログは雑感であるので、この辺にしておく。

 本書が一読に値するものであることは疑いないと思うのだけれど、本書の巻末に添えられた国際政治学者・藤原帰一氏の解説文もまた秀逸なのである。氏は著者のクリック教授とも親交をもつ。こちらも一読の価値あり。

 

読書感想|松岡圭祐『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』講談社文庫

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

シャーロック・ホームズが現実の歴史に溶けこんだ。いかに彼は目撃者のいないライヘンバッハの滝の死闘で、モリアーティ教授への正当防衛を立証し、社会復帰しえたのか。日本で実際に起きた大津事件の謎に挑み、伊藤博文と逢着する。聖典のあらゆる矛盾が解消され論証される、20世紀以来最高のホームズ物語。

 

 ヤバい本がでた。どれぐらいヤバいかは、本書のタイトルが物語っている。その名もシャーロック・ホームズ伊藤博文。ホームズとは、英国が生んだあの名探偵シャーロック・ホームズのこと。伊藤博文とは、あの明治の政治家・伊藤博文のこと。この二人が明治の日本で邂逅し、力を合わせて日露のみならず世界を震撼させる大津事件に挑むというのが本書の概略なのである。

 な、ヤバいだろ―。聞くからにヤバそうだろ。

 いったい著者はどういう経緯で本書を執筆するに至ったのだろうか。著者の動機が何処にあるかは知らねども、少なくともこのキャッチーなタイトルがミステリー好きの読者の琴線に触れること請け合いである。

 しかし、である。奇をてらっただけの思い付きが先行して中身が伴わないならば、本書の読者からクレームが入りかねない。なにせこの手のミステリー物の読者は「超」がつくほどのファンも多い。牧野伸顕卿か、はたまた工藤新一ならずとも、シャーロキアンは現下の日本にも少なからず存在するのだから。彼らの厳しい審美眼に適うものでなくてはならない。しかし本書を読み進めるにつれて、その懸念が杞憂であることが分かった。さすがミステリー界の寵児・松岡圭祐氏である。並みの作家ならば名前負けしてしまうこと必至である本書を見事に仕上げている。

 じつはホームズのパロディという構想自体は何も目新しいものではない。日本だけでなく、中国やロシアなど世界中でホームズのパスティーシュが刊行されている。中には日本語に翻訳されているものもあり、ぼくの書斎にも、そのうち何冊かがうず高く積まれたまま積読状態になっている。いずれ片さねばと思う。

 しかしそれらと比しても本書は特別なのではないかと思う。なにせ登場人物は、ホームズ日本滞在中のワトソン役たる伊藤博文はもちろん、彼と同じ長州閥の井上馨や、陸奥宗光ら明治の重鎮たち、ロシア皇太子ニコライ、津田三蔵らである。読者としては、次には誰がでてくるのだと気が気で仕方がないという心境なのである。

 本書で登場する彼らの名に親しみのある、日本史に多少なりとも通暁する読者は、彼らとホームズとのやりとりを目にして、わけ知り顔でニヤニヤしてしまうに違いない。これは海外のホームズパロディを読むうえでは中々味わえぬ、特権的な愉しみ方となろう。

 あの時代の社会状況を知る現代に生きるぼくらとしては、さて松岡。次はどうフィクションを史実と絡ませるのか。お手並み拝見、といった具合で鷹揚と構えてついついページを繰ってしまうのである。何とも巧みである。

 肝心のホームズも、コナンドイルの原作に劣らぬ冴えた思考で名推理を披露する。そんなホームズのみせる、伊藤との軽妙なやり取りも小気味よい。そのうちの一例を以下で引用してみる。

 

「伊藤は半ばうんざりしながら静止した。『ぼくらの会話はわからなかっただろう』

『いいえ。新聞記事とおふたりの表情から察しはつきます。日本に帰国されるおつもりでしょう。祖国の乱心などほうっておくべきです。自分の身を第一に考えてください』

『乱心じゃない。攘夷だ』

ジョーイ?誰ですか』

『人じゃなくて思想だよ。理解できなくて当然だ。そこをどいてくれ』」(p.47)

 

 それにしても、本書で松岡の描く時代背景は緻密で、フィクションを史実と調和させるミステリーの部分はよく練られている。前者について言えば、例えば、英国からの長い航海の末、日本の地を踏んだホームズが日本の庶民に対して抱く感想など、推理の本筋からは少しそれる情景描写などもよく創りこまれている。芸が細かいというか、それでいてマニアック過ぎず絶妙である。

 

「ホームズはその場で服を脱ぎ水浴びをした。ロンドンでは奇行にちがいないが、ここではかまわないと思えてくる。周りは半裸の男だらけだ。

(中略)着替えている最中、近くを子供たちが駆けまわった。荷物を盗まれるのではないかと警戒したが、誰もそのような挙動に及ばなかった。着替えを終えて歩きだしてからも、子供たちは笑いながらついてくる。物乞いを疑ったがそうでもないようだ。ただホームズの容姿を珍しがっているらしい。子供たちは母親とおぼしき夫人らに駆け寄り、ホームズを指さした。なにか言葉を交わしている。見上げてくる母親たちの表情から察するに、背の高さに驚いているようだった」(pp.95-96)*中略はブログ管理人

 

 本書の情景描写に触れるたびにぼくはビゴーの描く当時の日本の習俗を思いだしていた。本書の読者は推理物好きの方も多いと思われるが、『ビゴーが見た日本人』(講談社学術文庫)などをあらかじめ参照されてみると、より具体的に想像力が刺戟され感情移入が深まるであろう。ぼくは思いきって本書の歴史小説としての楽しみ方をも提案したいと思う。

 

ビゴーが見た日本人 (講談社学術文庫)

ビゴーが見た日本人 (講談社学術文庫)

 

 

 とはいえ本書は推理小説である。読んでない者へ向けて余り多くを語るのは相応しい行為とは言えないかもしれない。なのでこの辺にしておく。兎にも角にもお薦めです。

読書感想|ショウペンハウエル(斎藤忍随訳)『読書について 他二篇』岩波文庫

 

読書について 他二篇 (岩波文庫)

読書について 他二篇 (岩波文庫)

 

 光文社古典新訳文庫でも読めます。参考までに。

 

読書について (光文社古典新訳文庫)

読書について (光文社古典新訳文庫)

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

「読書とは他人にものを考えてもらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。」―一流の文章家であり箴言警句の大家であったショウペンハウエル(1788‐1860)が放つ読書をめぐる鋭利な寸言、痛烈なアフォリズムの数々は、出版物の洪水にあえぐ現代の我われにとって驚くほど新鮮である。

 

 

「『反復は研究の母なり。』重要な書物はいかなるものでも、続けて二度読むべきである。それというのも、二度目になると、その事柄のつながりをよりよく理解されるし、すでに結論を知っているので、重要な発端の部分も正しく理解されるからである。さらにまた、二度目には当然最初とは違った気分で読み、違った印象を受けるからである。つまり一つの対象を違った照明の中で見るような体験をするからである」(p.138)

 

 本書を読むのは二度目である。書斎で傍らにあったので何気なく手に取ってみると、気づけば通読してしまった。その途中で、思いがけず上の一文を発見したものだから、思わず頬が緩んでしまった。

 さて、今月に入ってから二冊目の岩波である。

 

「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない」(pp.127-128)

 

 という、けっこう辛辣な言葉を差し向ける本書の著者たるショウペンハウエル自身は大層な読書家であった。結構有名な話である。言葉の端々から、俺はお前らと違ってちゃんと考えて読んでるぞ、という大哲学者の自負が垣間見える。

 さて本書はそんな読書家のショウペンハウエルが「読書の危険性」を告発するというもの。毒舌の読書家が読書の毒性を説くというのは、なかなかトリッキーである。毒を以て毒を制すというわけか。 

 十九世紀に著された本書は、百害あって一利なしの自己啓発本が氾濫する昨今の時流の逆を行く、古典を軸とする重厚な読書論を説いているが、かかる読書法の正統性は、彼の生きた時代から時の淘汰を受けて、脈々と続いているその経緯からして、ある程度は証明されていると言えるのではないか。

 それにしても、このショウペンハウエル氏。兎に角、口が悪い。

 

「文学も日常生活と同じである。どこに向かっても、ただちに、どうにもしようのない人間のくずに行きあたる。彼らはいたるところに群をなして住んでいて、何にでも寄りたかり、すべてを汚す。夏のはえのような連中である。だから悪書の数には限りがなく、雑草のように文学の世界に生い茂っている」(p.132)

 

 どうだろう。哲学者だって口汚くののしるのである。そういう気分の時もある。怒り心頭に発するというやつである。混交玉石の書籍の群れの中から「玉」と「石」を仕分ける能力が求められるのだとショウペンハウエルは説いている。

 ぼくが面白いと思うのは、以下の指摘。これは結構いろいろ考えるところがあると思っている。

 

「著作家に固有の性質、才能としては、たとえば次のいくつかのものがあげられるだろう。説得力、豊かな形容の才、比較の才、大胆奔放、辛辣、簡潔、優雅、軽快に表現する才、機知、対照の妙をつくす手腕、素朴純真など。ところでこのような才能を備えた著作家のものを読んでも、一つとしてその才能を自分のものとするわけには行かない。だがそのような才能を素質として、『可能性』として所有している場合には、我々は読書によってそれを呼びさまし、明白に意識することができるし、そのあらゆる取り扱いを見ることができる」(pp.129-130)

 

 非凡な著作家は人を惹きつける魅力を有する。非凡さを天性の才、即ち天才と解するならば、天才は人を引き付ける引力を有するといってもよかろうと思う。これは思想の引力である。読書をするうえで、あるいは社会生活をするうえで注意すべきはこの「思想の引力」であるとぼくは思っている。経験則としてそう思う。

 何も著作家に限らない。あまりに圧倒的な知性と接するとき、ぼくたち凡人はその非凡な思想の磁場に惹きつけられ逃れられなくなるということはないか。例えば未知の問題に接するとき、自身が既知の思想を適用し、再解釈するのみで満足してしまうということはないか。それは思想の怠慢ないし怠惰なのではないか。と思うのである。

 ショウペンハウエルが読書の危険性を論じるとき、彼は同時に、ぼくたちがショウペンハウエルの話をただただ反復し満足するということを慎むよう警告している。大哲学者の非凡な思想の引力から逃れるとき、ぼくたちは固有の視座を獲得し得る。事ここに思い至り、ぼくは自ずとカントの啓蒙思想に導かれるように思えてならないのである。

 

「啓蒙とは何か。それは人間が、自ら招いた未成年状態から抜け出ることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気も持てないからなのだ。だから人間は自らの責任において、未成年状態にとどまっていることになる」(p.10)カント(中山元訳)「啓蒙とは何か」『永遠平和のために/啓蒙とは何か』光文社古典新訳文庫

 

 舌の根も乾かぬうちにカントを引用してしまった。これこそが思想の引力である。独自の思想系を打ち建てるにはまだまだ「経験」が足りないというわけか。今後も修行に励む。未成年状態から脱する道は長い―。

 

永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

 

 

読書感想|天児慧『中華人民共和国史』岩波新書

 

中華人民共和国史 新版 (岩波新書)

中華人民共和国史 新版 (岩波新書)

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

二一世紀に入り、世界の眼は俄然、中国に向けられるようになった。飛翔を始めた巨大な龍。一九四九年の建国以来、この国はどんな歩みをたどってきたのか。今日に至る数多くの事件・事実をたどり、他に類を見ない、そのダイナミックな歴史の流れを描く。定評ある通史をアップデートした新版。

 遅ればせながらの卒読。本書は中国近現代史を考えるうえでの必読書にして最良の入門書である。これまで「積読(ツンドク)」状態であったのをようやく片した。

 曲がりなりにも中国で二年間の研究活動に従事していた者としては、いまさらという感もあるが、それでも多くの発見があり、多くの学ぶべきことがあった。中国留学を考えている人、既に留学した人、駐在員の人、何らかの形で中国と接する人は、本書を起点に中国に対する基本的な認識を形成するとよいと思う。思わぬ形で役に立つはずである。損得を抜きにしても、中国で生活するのに中国の近現代史を知らないというのは何とも情けないではないか。

 本書を薦めるのは、そのバランスの良さにある。巷に溢れる多くの中国論が、極端に自虐的な中国称賛か、あるいは極端にナルシスティックな中国批判に二分する中で、本書は極めて冷静に中国史の動静を論じており好感がもてる。著者のバランスのとれた分析は以下のような認識の故なのだろう。

 

「2000年以降、日本と中国をとりまく環境は大きく変わった。もちろんそこには、国力の大きな変化、日中関係自体の悪化などあるが、もっとも大きな変化は、お互いの相手を見る眼、考える観点の変化である。とくに今の日本人は、中国を感情的に見てしまう傾向が一段と強まっている。しかし、それで良いのか。それで日本と中国は未来を切り開くことができるのか。『相手を好きになる』ことが関係改善の前提だとは思わない。その前に、『決めつけ』『思い入れ』に先走らずに、客観的に中国理解を深める努力を続けることが大切であろう。

 中国は『引っ越しのできない隣人』とよく言われるが、私はその表現は不十分だと思う。むしろ『離れたくても離れられない複雑に絡み合った隣人』といった方が適切であろう。それだけに、甘いも辛いも酸いもすべてない交ぜの隣人・中国とはしっかり向き合うしかない。個人的に言えば、肩の力を少し抜いて、こうした隣人と向き合うと結構おもしろい発見に出合う。その感性をいつまでも大切にしたいと思う」(pp.231-232)

 

 「肩の力を抜いて」接しなくてはならない。誰も彼もが力み過ぎているのである。著者の天児氏は中国政治を専攻する国際政治学者。学者には事態を冷静に把握する分析力こそ求められるが、冷静さは力んでいる限りはでてこない。プロの学者はこのことをよく分かっている。「肩の力を抜く」ことについては、ぼくも思い当たる節がある。多くの平均的な日本人の御多分に洩れず、ぼくも力んでいたのであろう。天児氏が云う「結構面白い発見」に出遭ったのは、ぼくの場合は中国の地を踏んで半年ぐらい経過して、やはり肩の力を抜いてからであった。

 けれど、肩の力を抜きすぎて、思考停止してもいけない。最近読んだ話だと、例えば中国の政治と経済の両面に明るい矢吹先生も同じようなことを仰っていたのを思いだす。

 

「日本では中国のせいにするとだいたい通ってしまうということ、そこが問題です。これがアメリカとのトラブルだったら『アメリカが悪い』と言ってもみんな納得しないのに、中国の場合は『中国はどうせいいかげんな国だから』と中国のせいにするとそれで話が終わってしまうというところに大きな問題があります」矢吹晋『中国から日本が見える』ウェイツ(p.96)

 

 矢吹氏の指摘はなるほどな、と思わせる。「中国はいいかげん」と言って思考停止するのを避けて「何がどういいかげんなのか」を論じるだけの基本的な知識はもっておけ、ということなのだろう。ぼくはそう理解した。

 

中国から日本が見える (That’s Japan)

中国から日本が見える (That’s Japan)

 

 

 自身の経験を過剰に一般化するつもりはないが、それにしても日本の多くの人の中国史に対する認識は驚くほど過少であると思う。西洋史のあれこれをよく知っているのとは雲泥の差である。

 天児氏が云うように、まずは「力まず」中国の歩んできた歴史を知る必要がある。文化大革命について説明できるか。中ソ対立について説明できるか。鄧小平の改革開放について説明できるか―、等々も含んでの近現代史なのである。歴史の話は何も南京大虐殺天安門事件にのみ限定されるわけではない。近現代史はそこにのみ尽きるわけではないのである。

 まずは知らねば生産的な批判はできない。少なくとも知る努力はするべきであろう。中国の歴史と言えば三国志を思い浮かべる人も多いと思うが、やはり近現代史が大切だと思う。本書を通して改めてその重要性を痛感した。 

 それから、本書の特徴としてぼくが面白いと思ったのが、本書が中国近現代史を俯瞰する要点の一つとして指摘する「国際的インパクト」の話。本書を読み進めるうえで一貫して国際社会の動静が大きな存在感を以て描かれる。

 

「中国近現代史全体を俯瞰し、歴史のダイナミックスを創り出す基本的なファクターを抽出してみるなら、以下の五つが浮かび上がってくる。すなわち、①革命のファクター、ここでいう革命とは破壊的、暴力的な手段によって現体制やそれを担う主体、経済的社会的思想的基盤を破壊しようとする行為を指す。②近代化のファクター、無論、ここでは経済的近代化のみならず、政治的な国民国家建設や西欧近代思想の受容なども含んでいる。そして両者に覆いかぶさるように関わる、③ナショナリズムのファクターがある。さらに、これらを突き動かす、④国際的インパクトのファクターがあり、そして一般的には革命や近代化の対象となりながらも、しばしば革命や近代化そのものに作用し、それらを『中国的なもの』にする⑤伝統のファクターがある」(pp.v-vi)*太字はブログ管理人。

 

 別に改めて言うまでもないが、国内政治と国際政治は連動している。これは国内経済と国際経済が連動しているのと同じである。国際政治学では「共振」と言われたりする概念である。鄧小平が外圧を利用して国内経済の跳躍を狙ったとか、国有企業改革や生産性の向上を図るためのWTO加盟を「共振」とかいうだけならば、別に今更言うまでもない。

 そこは、さすが天児氏は学者である。客観的で犀利な分析で、毛沢東から習近平に至るまでの幅の広い「共振」を描き切っている。新書という紙面の制約なのだろうか、胡錦濤政権以降の記述は相対的に少ないのが残念ではあるが―。

 もちろん個人の客観性には限界がある。人によっては本書が岩波の書籍である一事を以てして髪の毛を逆立てるかもしれない。別に逆立ててもよいと思う。どのような事柄であれ批判の余地は十分に認められるべきである。それが民主主義国家の原則である。ぼくら日本人は自由に何事をも批判できるということをもっと誇ってもよいと思う。全ての国で批判することが自由ではないのだから。

 残念ながら、本書も示す通り、中国の近現代史はそういう自由な批判を抑圧する方向で展開している。本書で紹介されているものだけでも事例には事欠かない。例えば、第二次天安門事件の話はやっぱりひどい。

 

「徐々に一般学生たちは広場から離れはじめ、民主化要求を死守しようとする強い意志を持った人々を残すのみとなっていった。かくして六月三日未明より四日にかけて、『運動は反革命暴乱に変わった』との理由で戒厳部隊が北京中心部に向けて出動を開始し、天安門広場に至る幾つかの主要道路上で抵抗する学生・市民に発砲し、蹴散らしていったのである。その死者は一説で二〇〇〇名前後との報道もあり、その後の当局の発表でさえ軍側も合わせ死者三一九名、負傷者九〇〇〇名に達するほどであった」(pp.152-153)

 

 中国で人権というと「08憲章」の劉小波氏は記憶に新しい。本書でも彼について若干の記述がある。彼の他にも多くの人権活動家がおり、民主化運動が存在し、且つ今も存在していることは知っておいて損はあるまい。

 「中国は○○だ」と短絡することは厳に慎むべきである、というのが本書の総括として云い得るであろう。

 そもそも一国の評価を「○○である」と一言で(in a nutshell)言い尽くすことは不可能である。けれどどういうわけか、こと中国に関してはそういう短絡をしてしまいがちである。思慮分別を欠いている不毛な中国論には何の意味もない。心底思う。けれど知らず知らずのうちに根拠薄弱な短絡をしてしまう恐れがある。自己の経験を過大視する惧れがある。だからこそ虚心坦懐に近現代史を学ばなければならない。歴史は現在に至る歩みであり、現在は歴史の上にあるのだから。改めてそう思う。