青年モラトリアムの読書譚

人生のモラトリアム真っ只中の青年が、読んだり、考えたりするブログです。

読書感想|中村吉明『日本の水ビジネス』東洋経済新報社

 

日本の水ビジネス

日本の水ビジネス

 

内容紹介(Amazon商品の説明より)

世界で注目を集める水ビジネスの概要を紹介する本。
日本で、あるいは世界で、どのような企業が、どのようなビジネスモデルを持って活動しているのかを各種資料を基に詳細に描き出す。民間企業の事業紹介だけでなく、各国政府が水ビジネスをどのように位置づけ、国としてどのように関与しているのかも紹介。
成長が期待される水市場で、日本企業は重要な位置を占める主要企業になりえるのか、それとも、市場の一部分を担う一部品供給企業として生きざるをえないのか――。
ダイナミックに動き始めた水市場をめぐる企業戦略、国家戦略を考える際に参考となる情報を提供する。

 

 水が石油のように貴重な資源となる時代が来るかもしれない―。

 そんな衝撃的な警告で、本書ははじまる。

 

 いやいや、そんな大袈裟な。日本は大丈夫でしょう。だって、四方八方こんなに水に囲まれているのだから、と鷹揚に構えてられるのは、もちろん日本が豊富な水資源を有するという地理上の幸運にもよるし、国や地方自治体による社会インフラ面での充実度の高さに裏打ちされた安心感のゆえである。水道水でつくったカップラーメンでお腹をこわさないのは、日本ぐらいではなかろうか。

 けれど、どうもそう楽観してもいられないようだ。

 

 「2002年の改正水道法の施行によって、今までの部分的、限定的に行われていた水道事業の業務委託について、水道の管理に関する技術上の業務について包括的に行うことができるようになり、民間企業においても浄水場の維持管理業務などを包括的に受託することが可能となった」(p.70)

 

 要するに「官」による上水道事業に「民」の参入余地がひらかれたわけである。この法改正により、日本企業のみならず、ヴェオリアなどの海外企業の水道事業への参入が可能となった。

 ところで、改正水道法の試行は2002年。この時期は、たしか小泉純一郎内閣が、新自由主義的な国内経済政策を次々とうちだしていた頃である。首相在任中の、道路公団や郵政事業の民営化は今なお記憶に新しい。

 国営事業の民営化というとサービスの質の向上など、プラスの側面のみがクローズアップされがちだが、これはもっと慎重に見ていかなければならない。

 上・下水道事業の民営化については、他国での失敗を踏まえて議論を進める必要があると著者は指摘する。

 

 「一方で、民営化でバラ色の未来が開けるとは限らない。海外では、民営化した後に、民間企業が料金の値上げを繰り返し、料金の支払いが滞ると水の供給を止めるという例も多くみられる」(p.70)

 

 発展途上国では、そもそも水をとりまく社会インフラが十分には整備されていない。かといって、国内に技術もない。資金もない。すると、公営の水道事業を民営化して、海外から技術を有する企業をよび込んでくるというのは一つの有望な選択肢である。こうした需要を受けて、ヴェオリアスエズ、テムズなどの水ビジネスに強い欧州企業は、水メジャーとして世界各国に進出している。

 これら水メジャーの通称は、ウォーターバロン

 ・・・何それ、かっこいい。名探偵コナンにいたよな、そんな奴。と、冗談を言っている場合ではないかもしれない。この外資参入の波は、東シナ海を挟んで一衣帯水の地である中国にも及んでいる。

 

「(スエズ社は)中国では、重慶・青島において上下水道を経営しており、さらに香港の新世界グループと合弁会社を設立し、中国での新たな市場開拓に邁進している」(p.156)

 

 いや、この波はすでに日本海に至っているともいえるのかもしれない。

 

「最近では、(ヴェオリア社は)2009年に千葉県手賀沼の下水処理の業務を受注している。ここでは、今までの受注案件とは違い、ヴェオリアは、他の入札企業より高い入札額をつけたにもかかわらず、総合的な評価が高かったことから受注したのである。これは日本企業にとって強力な競争相手となる可能性が高くなったという証左である」(pp.153-154)

 

 なぜこれら企業への求心力がかくも高いのか。水ビジネス、就中、水道事業のノウハウの豊富さもあるが、ウォーターバロンの企業戦略の狡猾さ、緻密さによるところも大きい、と著者は分析する。

 

 「ウォーターバロンの考えを踏まえ、欧州復興開発銀行国際通貨基金IMF)、世界銀行などは、発展途上国に対する融資の条件に、『水の自由化・民営化』を加えている。その結果、発展途上国の水道民営化は、世界銀行などによる融資供与と引き換えに行われてきた。

 そもそも、水にアクセスしにくく、まともな社会的基盤のない地域で水道事業を立ち上げるには膨大な資金とノウハウが必要であり、このような事業に対応できるグローバルな企業はウォーターバロンなど数えきれるほどしかない。よって、水道事業の民営化はウォーターバロンにメリットとなることは間違いない」(p.147)

 

 本書は、この世界銀行の融資条件づくりにウォーターバロンが関与してきたと指摘する。まさにコングリマットの面目躍如である。スケールが凄い。ビジネスは戦略が肝だ、とはよく言うが、ウォーターバロンの経営戦略は非情なほどに緻密である。この強敵と、その勢いを日本はどう迎えるのか。

 こうした中で、今後、水ビジネスなるものが市場を大きく変えていくことは十分に予想されうる。僕らの生活をどう変えるのか。興味は尽きない。

水ビジネスの民営化が今以上に加速するとき、ウォーターバロンの来襲を座視するのみなのか、あるいは、よりグローバルな視点から、高度な水処理技術を有する日本企業の独自性を活かして逆に海外に打って出るのか―――。

 水道水でカップラーメンをつくれなくなる日が来るのだろうか。まあ、さすがにそんなことはないと思うが。

 水ビジネス。これからも目が離せないテーマである。